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2008年9月

惣菜

まだヘルパーさんを頼まず、一日か二日置きに実家へ泊まり込みの介護生活をしていた頃は、会社の帰りがけにスーパーへ寄って、いろいろな食材を買い、実家に着くと直ぐに夕食の仕度をしていました。
料理などと言えるほどのものではありません。

ほとんど冷凍食品やレトルト食品、それに、出来合いの惣菜を買ってきて、器に移してチンするようなものばかりで、私はご飯を炊く(もちろん炊飯器ですが)のと、味噌汁を作るだけでした。

スーパーの惣菜売り場には、いろいろな惣菜が一人前程度の小さなパックになっているものがたくさんあって、お年寄りもよく利用していました。
お婆さんの場合は、そうでもありませんが、かなり高齢と思われるお爺さんが惣菜売り場でいくつかの惣菜のパックを見比べながら、カゴに入れているのを見ると、何となく侘しい生活の一部を目撃しているような気がすると同時に、自分もいづれは同じような境遇になるのではないか・・・と思われて、ひどくやるせない気分になりました。

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忘れてもだいじょうぶ

母さん、 僕の名前はもう忘れたんだね。

でも、僕が会いに行くと懐かしそうな、少し嬉しそうな顔になるね。

きっと、記憶の深いところを探してから「私の息子だな・・・」って

何となく感じているんだね。

母さんが僕の名前を忘れたって大丈夫だよ。

あなたが僕の母さんだってことは僕が覚えているからね。

僕は決して忘れない、いつまでも覚えているよ。

褒めてくれたこと、叱ってくれたこと、一緒に喜んでくれたこと。

ありがとう。

毎日という訳にはいかないけれど、これからも会いに来るよ、

元気な笑顔を見たいから。

温かい手を握らせてください。

優しい頬にも触らせてください。

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仏壇の水

両親は若い頃から創価学会に入信していました。
しばしば座談会や勉強会などにも参加する熱心な信者でした。

うちは核家族ですから、先祖の位牌も何もないのに立派な仏壇があり、毎朝お水を替え、ご飯を供えてお経(勤行)をあげていました。
先祖の霊を祭るのでも、神様でもなくて創価学会独特の日蓮宗の“ご本尊様”と呼んでいる書き物に向かって手を合わせ、修行としての勤行(ごんぎょう)をあげるのです。

私は宗教にはまったく興味がもてなくて、何もしませんでしたが、父が亡くなり、仏壇に父の位牌と写真を飾るようになってからは、私も実家へ行くと必ず仏壇に手を合わせるようになりました。

母は毎朝お水を取り替え、ご飯を供えるのが習慣になっていましたが、認知症が進み始めると、水を取り替えたことを直ぐに忘れるようになりました。
朝食の準備をしている私のところへ、何度も水の器を持ってくるので、初めの頃は不機嫌そうに、「さっき替えたばかりじゃない!」と棘のある言い方をしては母の気持ちを逆撫でしていたものでした。

母は「そーかい」と言って大人しく引き下がることもあれば、「まだ替えてない!」と言い張って切れるときもありました。
母が認知症になってしまったことを受け入れることができてからは、何回でも母の気の済むまで水の器を受取っては替えてあげられるようになりました。

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