« 2008年9月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

理解力無く、穏やかな日々

母はテレビのニュースで、政治家の暴言や失言がとりざたされたり、殺人事件が報道されたりすると、本気で怒ったり悲しんだりする感情の起伏の激しいひとでした。

もちろんドラマを見ても同じで、悪役の活躍するシーンでは"本当に憎ったらしい!"と言い、同情を誘うシーンではポロポロと涙を流して"号泣"することもしばしばでした。

認知症が進むにつれ、テレビに対するそんな反応は少なくなり、どんな人が映っても、「この人はよく出るねぇ~」と言う程度。
初めて捕まった犯人の顔写真を見ても「この人はよく出る人だよねぇ~」。

赤ちゃんや小学生くらいの子供が異常に好きで、まるでそこに居るかのように、手を叩いてあやしたり、呼びかけたりするようになりました。
最初のうちは、一緒にテレビを見ていると、いらだたしく思ったものでしたが、認知症を理解できるようになってからは、別に腹も立たず平常心で対応できました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

認知症治療薬への期待

11月10日の朝日新聞(夕刊)から始まったコラム「あしたの医療202X」を読んでいます。
第1回は “脳を「掃除」発症防ぐ” アルツハイマー病 でした。

認知症の一つ?アルツハイマー病の原因はアミロイドβという異常たんぱく質のせいで脳の神経細胞が死ぬ病気らしいことがわかってきた。と書かれています。

老人性痴呆症(ボケ)と言われてきて、数年前から認知症と呼ばれるようになったものと、どう違うのかよく分かりませんが、こちらは加齢によって脳細胞の一部が死滅して萎縮し、さまざまな認知機能に支障をきたすような症状ということでしょうか?
私の母の場合は、脳のCT画像を見ながら、老人性の・・・と説明を受けました。

前者の場合は、その異常たんぱく質が溜まり始めたことを早期に発見し、取り除くことができれば、認知症の発症を遅らせることができるらしい。
また、異常たんぱく質をやっつける薬品も研究されていて、5~6年後には効果の期待できる薬ができるのではないかと・・・。
残念ながら、母には間に合わなかったけれど、私が認知症の適齢期を迎える頃には何らかの診断方法や対症療法くらいは実用化されているのではないかと期待します。

それにしても、認知症になる人とならない人がいることも事実で、異常たんぱく質が溜まり易い人とそうでない人の違いがあるなら、その原因を知りたいものです。
もし遺伝的なものではなく、成人病(生活習慣病)のように、個人の生活態度で改善できるものなら努力もしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

成年後見人制度

母の認知症がいよいよホンモノになってきた、と思った頃に読んだ「妻が認知症になった」という本に、『成年後見人の手続きをした・・・』という記述があり、成年後見人制度のあることを知りました。

母の自宅へ介護に通い始め、徐々に介護に行く日が多くなり、そのたびに交通費も掛かりますし、ほぼ毎回、食料品や日用品を買うようにもなります。
2週間に一回くらいの割で病院にも連れて行かなければならず、そのたびにタクシー代もそれなりに掛かりました。

そのくらいの費用は息子の私が負担するのが当然だとは思うのですが2001年以降、仕事の状況が芳しくなく、自分の生活さえ苦しい状態になっていましたので、せめて実費はもらう必要がありました。(我ながら情けないことです)

そこで、母の自宅(都営住宅)の家賃や電話、水道光熱費などの管理をしていた弟に頼んで、母の預金口座から、毎月数万円ずつ引出しては経費相当分を受取っていました。

弟が銀行へ行って、母の口座から現金を引き出そうとすると、窓口の行員が疑るような目で見るのがイヤだ、と言っていました。
もちろん定期預金の解約などは本人のサインがないとできません。
銀行だけでなく、都営住宅の家賃の関係で役所の窓口へ行き、母の納税証明をもらおうとすると、本人が来てくださいとか、来られないならサイン入りの委任状を出してくれと言われ、自分の名前も書けなくなってしまった母のことを説明するのに苦労したそうです。

去年の2月25日から特養ホームに入所したので、都営住宅の解約手続きもしなければならないのですが、まだできていない状況。
まずは成年後見人にならなければ、と考えているところです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

実態を見ることは理解につながる

このブログのアクセス解析で、昨日の記事を見てくださった方が、どんなサイトから私のブログにたどり着いたかを見ましたら、「南田洋子 介護」とか「南田洋子 認知症」などのキーワードで検索して、私の記事にアクセスしてくださったようでした。

その検索サイトを見ますと、この番組に関する感想などを書いているブログがたくさんあり、私もいくつか拝見しました。
“長門裕之氏の介護を美談に仕立てた偽善だ!”とか、長門氏の過去の行動を誹謗し、償ないにはならない、などという批判的なものも少なくありません、また、番組が高視聴率を獲得したことだけに注目している記事もたくさんありました。

私が番組を見ているときに、妻も長門氏の過去のことを言って、そのストレスが南田洋子さんに悪い影響を与えたのではないか?とも言っていました。私は芸能人の私的スキャンダルにはほとんど興味が無いので、まったく予備知識?無しで、単純に知名度の高い俳優夫婦の老老介護の様子として、南田洋子さんの変わり様に同情したり、母の初期の症状と似ていることに思いを馳せたのでした。

母に認知症の症状が出始めた頃・・・このブログの最初の記事に書きましたが、事態が受け入れられず、母とずいぶん喧嘩をしましたし、母の気持ちをひどい言葉で傷つけていたことに気付かず、とても後悔しました。番組で放送されたような認知症の実態を少しでも解っていたら、もう少し適切な対応ができていたかも知れません。

認知症の症状は十人十色であり、「あんなものではない」、とか「美しく演出されている」などといった批判的なブログ記事もありましたが、受け取り方はさまざまで仕方ありません。
確かに、かつての名優の老醜を曝すことへの抵抗は、見る側にもありましたし、ご自身は理解できない状況にあるとは言え、南田さんへの同情を禁じえませんが、多くの人に認知症の実態(のごく一例)を理解してもらう一助になったのではないかと、私は評価したい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

認知症の怖さと哀しさ

11月3日の19時からテレビ朝日で放送された「報道発ドキュメンタリ宣言」という番組を見ました。

『消えゆく妻の記憶…今日の洋子は明日いない!
長門裕之が「認知症」と闘う妻・南田洋子を壮絶介護!究極の献身愛の全記録』

私の母もほぼ同じような症状の時期があったことを思い出しながら見ていました。

子供が母親を介護するのと、夫が妻を介護するという状況の違いはありますが、ほとんど同じような接し方、会話の様子に、内心驚きました。

日によって状態が異なることや、洋子さんの表情、しゃべり方、子供のような反応などは私の母ととても似ていると思いました。
長門裕之氏の戸惑う気持ちなどにも、おおいに共感するものがありました。

症状が少しずつ進行する様子が解るので、何とか本人の記憶を繋ぎ止めたいと思い、私も母とずいぶん話をした頃のことを思い出しました。
でも、手から砂がこぼれ落ちるように記憶が失われていくのをどうすることもできず、歯がゆい思いをしたものでした。

認知症の人の様子をそのまま映像として記録したものは、あまり見る機会がありませんから、家族に認知症の人を抱えた多くの方が共感を持ってご覧になったのではないかと思います。

現在既に老・老介護状態の人々は少なくありませんし、今後も増える一方です。福祉行政の充実や施設の拡充などにもっと力を入れて欲しいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年12月 »