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2008年12月

寒い季節の心配ごと

2007年の2月に特養ホームに入所してからはまったく心配がいらなくなりましたが、週に3~4日、母の自宅へ通って介護をしていた頃は、11月下旬辺りの晩秋から冬場になると、徘徊の心配はほとんどなくなりますが、今度は寒さが心配になります。

床暖房のような安全な暖房設備があれば一番良いのですが、都営住宅ではそれは望むべくもありません。
エアコンの暖房は、風が来て寒いと言って嫌がりましたし、以前使っていたガスファンヒーターも認知症になって使い方が分からなくなってからは、危なくて使えなくなってしまいました。

終日敷きっ放しの布団のシーツの下に電気毛布を敷いて、低い温度に設定しておいても、スイッチ部や電気コードに気が付くと、コンセントを抜き、布団から出して部屋の隅に丸めてしまいます。

朝、会社へ行く前に湯たんぽを入れてあげると、最初は「暖ったかいね~」と喜んでいますが、私が帰宅する頃にはとんでもないところに行っていて、まったく足が届いていないのが常でしたから、冬は夕方になると「今ごろは、寒い寒いと言いながら、布団にくるまっているんだろう」と思うと落着きませんでした。

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認知症以前の人柄を知る意味は・・・

現在、母がお世話になっている特養ホームには、昨年から「家族会」というものが設置され、入居者の家族間の親睦を図ったり、施設で働く人たちとのコミュニケーションが円滑に行われるように、いろいろな活動をしています。

近々、親睦会が予定されており、今度のテーマは、施設の職員に、入所者の若かった頃の話を聞かせて欲しい というもの。
母は、昨年の2月に入所する時点で既に認知症で、要介護4でしたから、立ち居振る舞いもおしゃべりも、それ以前とは違っていました。

入所前の手続きの段階でも、入所直前までの生活習慣や家族(夫や、両親、親戚など)について、一通りのことは説明してありますが、若いときはどんな生活態度であったのか、どんな仕事をしていたのか?といったことまでは話していません。

今では、入所時以上に認知症が進み、私の名前も忘れてしまっていますし、性格的にも以前の面影は既に失われてしまい、別人のような感があります。
施設で母の世話をしてくれているヘルパーさんが、いつも丁寧に母に接してくださっていることは承知していますが、あまりにもわがままな幼児のような態度でグズッたりすると、「若いときはこんな人ではなかったんですけどねぇ・・・」と、謝りながらもつい、弁護するようなことを言ってしまいます。

その言葉の裏には、「今はこんなにだらしなく、わがまま放題な態度で、お手を煩わせていますが、元々はしっかりしていて、几帳面で優しい、思いやりのある人だったのです、だからこれからも優しく接してあげてください」と言いたい気持ちがあるのです。

自宅で私が介護していたときは、以前の母を知っている私でも「いい加減にしてよ!」と言いたくなるような苛立たしさをどうすることもできませんでしたのに、いざ他人に世話をしてもらっているところを見ると、母の名誉を守ってやりたいような気持ちになってしまいます。

元はどんな人だったのかを知れば介護が楽になる、という訳のものではないと思いますが、尊厳の態度をもって接してくださるのではないか?と期待します。
私はヘルパーとして働いたことがないので、仕事としての介護がどのようなものか理解できていませんが、単なる認知症の、見ず知らずの老人として接するよりも、以前はこんな人だったのか・・・と知って世話をする方が、大変な仕事の意義を強く感じてもらえるような気がしています。

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