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2009年4月

清水由貴子さんの自殺

4月20日に清水由貴子さんが自殺、という報道がありました。
84歳になる母親の介護疲れでしょうか・・・他人事ではないと思いました。

3年前、母の介護のため一日おきに実家へ通っていた頃、私も一瞬ですがそんなことを考えたことがありました。
精神科のお医者様に診てもらったり、ヘルパーさんに来てもらう前で、誰にも言えず、仕事や自分の家族との板ばさみ状態で悩んでいた頃です。
でも私の場合は一人ではなく、弟と交代でしたからまだ良かったと思います。

芸能人ではなくても、介護疲れで親を殺したり、心中したりというニュースに接する度にやりきれない思いになりますし、自分はそんなことに至らずに済んでよかったと思っています。

施設にお世話になっている母に面会すると、もし今でも施設に入れなくて、弟と交代での介護を続けていたらどうなっていたか・・・、正直言って自信がありません。
とにかく一人でも多くの理解者と応援が必要です。

老人の介護は永遠ではないことは確かでも、いつまで続くか分からないことや、手が掛かることや疲れることは同じでも子供を育てるのとは違い、いずれ行き着く先が分かっているだけに、どうしても絶望的な気分になりやすいのです。

母が特養ホームのお世話になることになったことをヘルパーさんや友人に告げたとき、「本当は家族が看てあげる方が良いのだけれどね・・・」とか、「認知症が進んでしまうかも・・・」とか、必ずしも喜ばしいこととしては受け取られませんでしたし、私自身も母の介護を放棄するような、後ろめたい気持ちもありましたが、最悪の事態を招く可能性が少しでもあったことを思えば、これでよかったのだと思っています。

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長い人生

最近は、面会に行くとベッドに横になっていることが多くなりました。
眠っているわけではなくて、じっと天井を見つめています。
「こんにちわ...元気?」などと声を掛けても直ぐには反応しないこともしばしばです。
精神科の医師に診てもらって、精神安定剤を処方してもらっているらしく、最近はあまり大声で騒いだり、おでこを叩くなどの自傷的な行動もなくなったようです。

良く言えば穏やかになった、別の見方をすれば元気が無くなったようにも思えます。
仕方が無いとは思いますが寂しいです。
ベッドの傍に椅子を置いて、何も話しはしなくても暫らく様子を見ていると、認知症になる前に聞いた母の子供の頃のことや、働き始めた頃のこと、父との結婚と生活苦にあえいでいた日々のこと・・・。
赤貧の中で私と弟を生んで育ててくれたこと、私が小、中、高校の頃の母の姿が思い出されます。
あまり豊かな暮らし向きにはなれないまま、持ち前の明るさで乗り切ってきたことも次々と思い出されて、ゆっくりと母の手を握りましたが、握り返す力はありません。

面会に行くたびに、「この人が僕を育ててくれたんだなぁ...」と思うようになりました。

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