« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

今では叶わないこと

最近は面会に行っても、母が私のことをどの程度認識してくれているのか

まったく分からない。

部屋に入ると、ベッドに横になっていることが多いが、眠っていることはなくて

じっと壁を見ていたり、ドアの方を見ていたりする。

本当にそこを見ているのか、もっとずーっと遠くを見ているようにも思える。

「お母さん!」と声をかけると、泣くような感じで「あぁ~~」と大きな声を上げる

ばかり、その後も部屋に居る間、何度も声を上げるのだが、声を掛けると

必ずでもなく、静かに顔をみているだけでも不定期に「あぁ~~!」と声を

出すこともある、ときどき聴こえる外部の雑音に反応している訳でもない・・・。


自分の今の状況を嘆いているようにも見えるし、身体のどこかの具合が悪くて

訴えているのか? おなかが空いたのか?さっぱり分からない。

ベッドの脇に椅子を寄せて母の様子を見ながら思うのはいつも、

「この人が僕を生んで育ててくれたんだよなぁ・・・」

「僕が小さかったころ、少しは子育ての幸せを味わってくれたのかな?」

「本当に幸せそうな母の様子をあまり見たことないな・・・」

「どんな人生だったのかな?」

「今 何を思っているのかなぁ」

などなど、今となっては僕が想像するだけで、ゆっくりと話すことができないのが寂しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

方言はあるけど訛りは無い

NHKの連続テレビ小説「おひさま」をときどき見ています。

ヒロインの須藤陽子は、大正11年に東京で生まれ、10歳から長野県安曇野で
育った、という設定。  なんと、私の母より一つ年上です。

現代のシーンでは若尾文子さん扮する陽子が登場していますが、まさか
今年89歳には見えないので、現代とは言ってもしばらく前のようですね。

私の母は、陽子とは違い、女学校どころか尋常小学校しか行っていませんから
学校の先生などという知的な職業に就くことはありませんでしたが、
岐阜県内の紡績工場へ勤めていた頃の、最近放送している陽子と同じ年頃の
母の写真があります。

もちろん、井上真央さんほど美人ではありませんが、私の頭の中では、
頑張り屋で明るく快活だった母のイメージと重なることがあるのと、
話し言葉の端々に、元気だった頃の母と同じ方言が混じるのが私には懐かしく
感じられて、母が若い頃、『長野県は、方言はあるけど訛りは無いんだよ』、
と言っていたことを思い出します。

最近のシーンでいくつか例をあげると、

蕎麦屋の息子、丸山和成が陽子が勤務する小学校の勤労活動の現場へ
そば団子を持ってきて、生徒と一緒に食べるシーンで、

・「へうんまいね~」・・・(おいしいね)

樋口可南子さん演じる蕎麦屋のおかみが、陽子を嫁に欲しいと突然須藤家を
訪ねて来た時のシーンで、

・「ふんとに」すみません・・・(本当にすみません)

蕎麦屋のおかみや、渡辺えりさん扮するあめやのおかみも、ときどき使っていた

・「だいね~」・・・(ですょね~)

などがあります、訛りのような気もしますが方言だとか・・・。

最近でも田舎へ行くと、伯父や伯母の話し言葉は上記以外にも、たくさんの
方言が混じっていて、とても温か味を感じます。

母が今でも正常な状態で、このドラマを見たら、それはそれは懐かしく、
楽しむ事ができただろうなと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »