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今では叶わないこと

最近は面会に行っても、母が私のことをどの程度認識してくれているのか

まったく分からない。

部屋に入ると、ベッドに横になっていることが多いが、眠っていることはなくて

じっと壁を見ていたり、ドアの方を見ていたりする。

本当にそこを見ているのか、もっとずーっと遠くを見ているようにも思える。

「お母さん!」と声をかけると、泣くような感じで「あぁ~~」と大きな声を上げる

ばかり、その後も部屋に居る間、何度も声を上げるのだが、声を掛けると

必ずでもなく、静かに顔をみているだけでも不定期に「あぁ~~!」と声を

出すこともある、ときどき聴こえる外部の雑音に反応している訳でもない・・・。


自分の今の状況を嘆いているようにも見えるし、身体のどこかの具合が悪くて

訴えているのか? おなかが空いたのか?さっぱり分からない。

ベッドの脇に椅子を寄せて母の様子を見ながら思うのはいつも、

「この人が僕を生んで育ててくれたんだよなぁ・・・」

「僕が小さかったころ、少しは子育ての幸せを味わってくれたのかな?」

「本当に幸せそうな母の様子をあまり見たことないな・・・」

「どんな人生だったのかな?」

「今 何を思っているのかなぁ」

などなど、今となっては僕が想像するだけで、ゆっくりと話すことができないのが寂しい。

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